せごどんと奄美のとぅま(愛加那)との子供はその後どうなる?

西郷隆盛が幕府に追われて
奄美大島に潜居した際、
島で島民の娘と出会い夫婦となります。

 

これがとぅま(愛加那)です。

 

当時の薩摩藩の藩法で
島滞在中だけの妻となり、
約3年間を共に過ごしました。

 

この藩の法では、
島では妻を娶ることはできるが、
その妻はいわゆる妾(めかけ)であり、
鹿児島に連れて帰るのは禁止されていたようです。

 

薩摩藩から帰国の命令が下された時、
とぅま(愛加那)との間には二人の子供ができていました。
下の子はまだお腹の中でした。

 

この二人の子供は、
西郷と別れた後にどうなったのでしょうか?

 




 
まず長男は西郷菊次郎と名乗り、
9歳で鹿児島の西郷本家に引き取られます。
12歳でアメリカへ留学。
17歳で西南戦争に薩軍として参戦。
銃弾傷を受けて右足の膝下を切断。
西郷従道(西郷隆盛の弟)へ投降。
23歳で外務省に入省。
日清戦争後に台湾の基隆支庁長、宜蘭長官、
日本帰国後に京都市長に就任し
約6年半もの間、活躍しました。

 

そして、長女は菊草と名乗り、
大山誠之助(大山巌の弟)の妻になりました。

 

西郷隆盛は自分の兄弟も子供も、
そして従兄弟たちも大物になり、
すごいですね!

 

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